山形からデンマークに思いを馳せて

森に囲まれた里山ソムリエな日々。

里山でラスクを頂きながらあんなこと、こんなことおしゃべりする、そんな時間が届きますように。

森のアケビのつるを編んだお皿に、シンプルなラスクのおやつをのせました。 エシカルな暮しの素は里山の森にたっぷり
森のアケビのつるを編んだお皿に、シンプルなラスクのおやつをのせました。 エシカルな暮しの素は里山の森にたっぷり

小春日和が続いた後、とつぜん嵐のような風が吹き、木々にしっかりとつかまっていた葉っぱたちは、まるで吹雪のように幹からはなれて行きました。昨日までやさしい木漏れ日の中で美しい色を魅せていた葉っぱたちを思うと、寂しさを感じます。

落ち葉の数枚が小さな小川に落ちて流されて行きました。この葉っぱは、山を下り、町へ行くのでしょう。畑の方へ飛んで行った葉っぱもいます。この葉っぱは、きっと畑の土となりおいしい野菜を作ってくれるのでしょう。遊びにきていた子どもさんの自転車のかごにのって行った葉っぱもいます。それぞれにいろんな世界へ旅立って行きました。

次の朝、山が、深くくすんだ燻し色となっていることに気づきました。葉を落とす広葉樹ばかりでなく、山形の山には植林された針葉樹がたくさんあります。列車にのり、はじめて山形を訪れたとき、トンネルを抜けたとたん、小さな娘が「あっ! クリスマスの木がいっぱい、お母さん見て!」と叫んでいました。それを見ていた斜め向かいの席のおばあちゃんが「めんごいおぼこだごと。」と目を細めて笑っていたのを思い出します。めんごいは「かわいい」、おぼこは「お子さん」という意味の山形の方言です。山形に来ると感じるのどかさは、言葉にも笑顔にも現れる人と人との距離感なのかもしれません。

先日、東京の高校時代の友人が晩秋の里山に遊びに来ました。森のアケビのツルで編んだ小さなお皿を見ると「森に行きたい!」と目がキラキラとして、長靴をはいて数時間、森へでかけてしまいました。
「とっても楽しかった!かごができるくらい、山形に来てもいい?」とあけびツルを丸めて森から帰って来ました。雪が降ってからの手仕事も山形の暮しの楽しみですね。

さて、今日のスケッチは、ロイヤルコペンハーゲンのブルーフルーテッドのコーヒーカップ。

ロイヤルコペンハーゲン陶磁器工房(デンマーク) ブルーフルーテッド コーヒーカップ
ロイヤルコペンハーゲン陶磁器工房(デンマーク) ブルーフルーテッド コーヒーカップ イラスト J.Kikuchi

はじめてデンマークを訪れたのは、国際線に乗務していた頃、南回りのフライトでパリやアテネを回る途中でした。その後、わずかの間でしたが、成田からコペンハーゲンへの直行便があり、スケジュールにCPH(コペンハーゲン)と入っているとワクワクしたのを思い出します。フライトを終えた翌日、ホテルからストロイエと呼ばれる銀座通りを抜けて、ロイヤルコペンハーゲンのティールームでお茶を頂くのが楽しみでした。ブルーフルーテッドの器に出会ったとき、はじめてなのになつかしさを感じたのは、江戸の頃、古伊万里の磁器が海を渡りヨーロッパのデンマークでも愛されていたからでしょう。

当時は、大きな工場がコペンハーゲンの町中にあり、多くの絵付けの職人さんがいらして、その中には知人の日本人の男性もいました。彼は、建築の勉強をしていたので、絵筆を使っての繊細な絵付けは御手の物でした。その後、ロイヤルコペンハーゲンでも最高峰のフローラダニカを描く職人さんになりました。フローラダニカとは、デンマーク語で「デンマークの花」、職人さんたちは、古い植物の図鑑を見ながら下絵を描き、そこに色をのせて行きます。一つ一つのお皿がまさに、芸術品です。フローラダニカだけでなく、ロイヤルコペンハーゲンの器は全て手書きで、器の裏にかかれたアルファベットのサインに、そのプライドを感じます。

ブルーフルーテッドのカップで頂く度に、デンマークに思いを馳せてしまうのは、一つ一つの器にプロの仕事の粋を感じるからかもしれません。ラスクを頂きながら、ふと山形を思うのも、蔵王のふもとの工場で出会った粋な職人さんの笑顔と重なるからでしょう。楽しいおしゃべりをラスクと一緒に。