贈り物から伝わるもの

「贈り物から伝わるもの」

今年もこの季節がやってきた。街にはキラキラのイルミネーションと毎年お決まりのように流れるクリスマスソング。

もはやこの曲を聴くと、急き立てられるかのように1年の締めくくりを感じてしまう。
結婚前はクリスマスは大事なイベントで、誰とどこでどんな風に過ごすのか、プレゼントは何にするのか。

そして何より自分が欲しいプレゼントをそこはかとなくごく自然にどう相手に伝えるか・・・。それが大事だった。
そこが全てだった。だって、欲しいものをもらって大げさに「わーーー!!嬉しい。コレ欲しかったの!ありがとう♪」と言いたかったから(笑)
相手も満足してくれると信じていたし。

しかし結婚して子どもが出来ると、クリスマスは全く別のイベントになる。ソワソワすることといったらどこで誰とどんな風に過ごすか。ではなく、
今年はどんなプレゼントを子どもにおねだりされるのか。ということ。先日も我が家の子どもとプレゼントの話になった。

「今年はサンタさんに何お願いするの?」
「もう決まっているの。キッズケータイ!」
キ、キッズケータイ?!来たか!ついに来たか!文明の利器をわが子が欲しがる日が!小学2年生にはまだ早すぎる。

このタイミングで手にしたら宿題もせず動画サイトを見るに決まっているし、一旦見たら時間があっという間に経つということくらい私だって体験済みだ。

「ケータイはくれるかもしれないけど、使った分の料金はサンタさんじゃなくて自分で払うものなのよ。」と超現実的な今後の展開を説明したら、「え?!そうなんだ・・・。じゃぁ他のものにする。」と一気に意気消沈。夢破れたり。夢が破れたというか奪った感が否めないが、これが現実であり、社会は需要と供給で成り立っているということをサンタではなく私が説明した。

昨年はプレゼントいらないと言っていたにも関わらず、クリスマス1週間前になって「やっぱり○○が欲しい」と無茶ぶりリクエストし、サンタを随分慌てさせた娘。
今年は早めにお願いのお手紙を書くことも念を押して伝えた。

ところで、クリスマスにプレゼントを贈るというのは何から由来しているのか?言うまでもなくクリスマスはイエス・キリストの誕生日。
星の導くままに誕生したキリストに対し、占星術師たちが贈り物をしたのが始まりといわれている。

また、もともと贈り物は王様やそれに等しい身分の人に尊敬を込めてするものでもあったらしい。
そう考えると、神の子として大切な存在である子どもにプレゼントを贈るのは理にかなっているのかな。

そして英語表記のPresent(プレゼント)は「PRE=予め用意した物をSENT=渡す・贈る」というもの。
「その人を想い、時間をかけ準備したものを贈る」と解釈できる。?もうひとつは、「PRESENCE=存在」という言葉。
自分の存在を相手に伝えるメッセージとして、「あなたを想う人間がここにいます」ということが言えるのかもしれない。

つまり、プレゼントとは感謝や愛情の印としての「モノ」や「方法」ではなく、自然に生まれた人の心の「深い想い」であるということ。
その上に「モノ」や「方法」が付随してくるってこと。クリスマスもそうだがこの時期誰かに贈り物をする機会が増える。
わたしからあなたへ。この一見すると一方通行の伝達には幾多の「想い」と「存在」があるはずだ。

ラスク1枚にしても味・形・見た目・色など作り手や売り手の多くの苦労やこだわり、想いがのっている。その想いを感じて手に取ったとき、「甘いものが好きなあの人が喜びそう」「毎日のちょっとしたおやつにぴったりじゃない?」など送る相手を想像する。

同時に、送ったときの、箱を開けたときの、口にしたときの表情までもイマジネーションできてしまうのだ。贈り物にはそれだけの力があるし、何よりたくさんの愛が詰まっている。雪がちらつくこの季節は誰かの愛と感謝を感じるあたたかい物語がたくさん生まれる季節なのだ。