師走のあわただしさを片隅において、ごまラスクで一服

森に囲まれた里山ソムリエな日々
里山でラスクを頂きながらあんなこと、こんなことおしゃべりする、そんな時間が届きますように。

師走のあわただしさを片隅において、ごまラスクで一服
師走のあわただしさを片隅において、ごまラスクで一服

冬至を過ぎ、光の時間が、少しずつ長くなってきました。クリスマスの頃とちょうど重なる冬至は暗闇が最大の日、キャンドルを灯して過ごしました。冬至を過ぎると、太陽の力は再び蘇り、「一陽来復」となることは、世界共通の喜びですね。

日本では冬至に、柚子湯に入ったり、かぼちゃを食べたり、身体も心も風邪をひかないで元気にすごすための知恵があります。ここ山形では、冬至に、かぼちゃとあずきを一緒に甘く煮た「あずきかぼちゃ」を食べるのです。自分の畑でかぼちゃを作るようになってから、その種類の多さに改めて驚きました。栗かぼちゃ、小さな坊ちゃんかぼちゃ、フットボールの形をしたロロン、色の白い雪化粧かぼちゃや伯爵かぼちゃ、スープ用のバターナッツ、ハロウィン用のオレンジ色のかぼちゃ、オレンジ色でもおいしく頂ける赤皮栗かぼちゃなど。かぼちゃは、鮮度が一番というわけでなく、しっかりと熟成させることで、でんぷんが分解されて甘みが増すものもあります。とくに色白のかぼちゃは、山形では「奥手」とよばれ、雪に閉ざされた冬のおたのしみにとっておきます。

冬至は、「厄」を払う日でもあり、大切にとっておいたかぼちゃに赤い小豆を入れて、厄よけ祈願をするそうです。今年はハロウィン用のオレンジ色のカボチャのカービングを冬至にしました。畑をいっしょにやっているお母さんたちが集まり、トナカイ、そり、ベル、クリスマスツリーなどをカボチャにカービングしてキャンドルを灯し冬至を迎えました。師走の慌ただしさを片隅において、おしゃべりする時間は大切な心の栄養ですね。

さて、今日のスケッチは、お抹茶のお茶碗と茶筅。

抹茶のお茶碗と茶筅
抹茶のお茶碗と茶筅 イラスト J.Kikuchi

学生の頃、お茶のおけいこの時に耳にする「ご自服をどうぞ」という言葉がとても心に残っていました。自分が点てたお茶を手前座からはずし、自分で飲むことをさす「自服」。

お茶のおけいこからはなれてしまってからも、長期で海外に行くことがあると、スーツケースの中にお抹茶とお茶碗と茶筅をタオルにくるみ持って行きました。仕事を始めたばかりの頃、自分のために自分でお茶を点てていただくということが、失敗続きの毎日の中で、ゆっくりと考え前に進んでいくために大切な時間でした。子育てをしている時も、つまずくことがあると、ゆっくりと自分のために自分でお茶を点てて頂く時間を作りました。

お茶のお手前は自己流になってしまっても、お茶の先生から伝えられたその心は、今でも折にふれ思い出します。お茶のお稽古に行くのが楽しみだったのは、そこに待っていてくれる「歓迎」の心があったからでしょう。夏は涼しく打ち水をし、冬は滑らないように石をしいて、戸をあけると季節の花を一輪、柔らかい笑顔と温かい言葉で迎えてくれたことが、遠く離れた今も思い出されます。

年末年始、尋ねて下さる方があったら、そのことに感謝を込めて、歓迎できるゆとりをもちたいな、、、そんなことを考えながら、稲藁で細工をして、赤い実とコメツガの小さな松ぼっくりを飾ってみました。季節を楽しむことは、どこかゆとりを作り出してくれますね。
師走のひとときお茶を点ててラスクを頂く、そんなひとときいかがでしょうか。