時空を超えたアンティークな時間をラスクと一緒に

 森に囲まれた里山ソムリエな日々
里山でラスクを頂きながらあんなこと、こんなことおしゃべりする、そんな時間が届きますように。

時空を超えたアンティークな時間をラスクと一緒に
時空を超えたアンティークな時間をラスクと一緒に

 

 大寒波のあとの夜明け、西の空に月を見ながら雪片づけをしていると、白みがかった東の空はやがて美しい朝焼けに変わり始めました。マイナス10度の世界では、まるで花を咲かせたように、木々の枝に雪が氷となって留まっています。

「冬はつとめて、雪の降りたるはいふべきにもあらず、、、」とは、枕草子の一節、冬は早朝が一番で、雪が降っていたらなおさらに素敵とあります。
雪の朝の澄んだ空気の中で、時空を超えて届いた雪国へのエールに感謝しながら、朝のコーヒーをいただきました。

 雪がしんしんと降るその日の午前中は、列車も止まり仕事もキャンセルとなり、ぽつんと空いた時間にいつもとちがうものに手が伸びました。何年も本棚の飾りのように並んでいた北欧のアンティークの植物画集。コペンハーゲンで植物画を食器に描く職人を目指していた男性が持っていたもの、それと同じものです。

デンマークに暮らした頃、2歳の小さな娘を連れて、デンマークの郊外の街から列車に乗りコペンハーゲンへ行く目的のひとつが古本屋さん巡りでした。何度も通って、買ったのは、この植物画集だけですが、交わした会話や、お店の空気感を今も思い出します。

 ふと、古い家のお蔵から出てきた漆器を思い出し、ラスクをのせてみると、同じ存在感とハーモニーを感じます。もしかしたら、この本とこの漆器が生まれた年代は同じ頃、そして、今ここで出会ったのかもしれません。時間の作り出すロマンを感じながら、雪片づけに励む一日でした。

 さて、今日のスケッチは、アンティークのコーヒーポット。

古い銀のコーヒーポット イラスト J.Kikuchi
古い銀のコーヒーポット イラスト J.Kikuchi

 アンティークとは、日本語に訳すと骨董品でしょうか。欧米では概ね100年を経過した工芸品、美術品、家具などに、その言葉を使っているようです。100年といえば、明治時代のものは、もう立派なアンティークですね。里山には、今も隣組という小さな助け合いの組織があります。明治以前から続いている家に伺うと「一服してかねが。」とお茶のお誘いを受けます。

 そのお宅で、手作りのつけものが入っていた古い器がとてもすてきでした。牛や馬と暮らす曲がり屋スタイルの間取りをそのままに残した古民家のお宅には、暮らしを支えてきた大切な普段使いの器がそのままに残されています。美術的価値うんぬんではなく普通の暮らしを支えてきたアンティークには、その人自身が決める価値があります。その家のストーリーのある器が今もある、そんな暮らしをとても素敵に感じます。

 さて、イラストの銀のコーヒーポットは、イギリスに暮らしていた頃、パディントン駅から列車にのり、バースという町を訪れた時にフリーマーケットで出会ったコーヒーポットです。アンティークというより、ジャンク(がらくた)という領域のものでしたが、一目で気に入りました。

老夫婦とおしゃべりをしているうちについた値段は、ジーンズのポケットに入っていた紙幣で手の届く価格でした。イギリスから旅をして、東北の里山へやってきた銀のコーヒーポット、里山の隣組のおばあちゃんたちを今度は私が「一服すっぺ」と、コーヒを入れてお誘いしよう!
 ラスクと一緒に、楽しいおしゃべりをいかがでしょうか。