山形の里山に根を張る暮らしとデンマーク

 森に囲まれた里山ソムリエな日々

里山でラスクを頂きながらあんなこと、こんなことおしゃべりする、そんな時間が届きますように。

ワインに合うガーリックラスク

 

 旅が好きで、ひとつのところに落ち着けないタイプだった私が、里山に暮らしていることを友人が驚きます。仕事をしているころは、日本に帰ってきたかと思うとオフの日にも旅をし、クローゼットの中は、一年中、冬と夏を混在させ、いつでもどこへでも飛んでいけるような暮らしをしていました。

 先日、庭の片隅でいつの間に大きくなった名も知らぬ木を、スコップで掘り始めると、根を地中に広げていて、とても動かすことができませんでした。ふと「根を張る」という言葉の意味が腑に落ちて、クスッと笑ってしまいました。根を張るということは、その場所が居心地の良い場所になって、栄養をそこでいろんな方から頂き成長していくことなのかもしれませんね。

 里山の暮らしは、近くにビストロがあったり、ワインバーがあるというわけではありませんが、多様な出会いがたくさんあります。出向くのではなく、出迎えることが多い暮らしは、自分の家を居心地の良い場所に作り上げていくようです。

 人をもてなす時のいろいろな技は、地元の方からたくさんのヒントを頂いています。そこに今までの人生で出会ったいろんなアイデアをミックスして、ローテクなおもてなしイノベーションを折々に楽しんでいます。

 デンマークで求めたロイヤルコペンハーゲンの小さな器に入っているのは、塩漬けキュウリで作ったピクルスです。冬の長い雪国山形では塩蔵して野菜を保存します。塩蔵のキュウリ、佃煮とピクルスどちらにしても美味しくいただけます。

佃煮にはおにぎりと山形酒を、ピクルスにはラスクと山形ワインを合わせてみると、ローカルなチーズとワインを楽しみにフランスの田舎を巡ったことを思い出します。根を張り、お迎えすることを楽しむ人生のステージになったのでしょうか(笑)

湖のほとりの椅子とテーブル イラストJ.Kikuchi

 

 子育てをしていて、母親の私はいつも先回りして、「危ないから気をつけて」とか「こうしなさい」といってしまうことが多かったように感じます。多少のことは、痛い思いをしたほうが身をもって学べるのかもしれないけれど、心配で余計なことを言ってしまいました。

 デンマークの小学校に夏の間、娘を通学させた時、先生がまずは生徒に考えやらせることと、校内に掲示が少ないのを感じました。自分で考え、自分で行動し、自分で責任をとるという考えが先生にも親たちにもあるので、問題にならないのですが、日本人の私には、おどろいたりうらやましかったりの連続でした。

 そこで出会ったある先生は、ギターをひいて音楽の教育にとても熱心でした。ミュージシャンになりたかったけれどあまり歌が上手くなかったので小学校の先生になったそうです。

ある先生は放課後の時間に、おいしいケーキを焼いて振舞っていました。パン屋さんを目指したけれど、グルテンアレルギーで小麦粉が使えなかったのであきらめて小学校の先生になったそうです。

 イラストは通学途中の普通の風景です。道の途中にテーブルと椅子があったり、木にブランコやターザン遊びができるロープがかかっていたりします。「ここにすわってお休みください」とか「気をつけて遊びましょう」という看板はありません。休みたければ、休めばいいし、遊びたければ遊べばいい、でも怪我をしたら自己責任という考えを、幸福度世界一のデンマークに感じました。

 里山のプライベートの森を開放していますが、だれかが遊びに来る度に、森はきれいになっているのを感じます。「ごみは持ち帰りましょう」という看板はもちろん、ありません。

 そんな森へラスクを持ってお茶にでかけるのが楽しみな季節になりました。