風薫る5月我が家の食卓は山菜料理が並ぶ

風薫る5月。新緑がまぶしいこの季節になると、我が家の食卓は山菜料理が多く並ぶ。
今夜も「こしあぶら」の天ぷらに「こごみ」の胡麻和え、そして「わらび汁」だ。もう、テーブルが緑色。

いくら新緑の季節とは言え食卓までこう緑豊かだと、思わず「草食動物か!」とツッこんでしまいたくなる。
しかし、この草食動物もびっくりな緑の食卓は毎年のようにやってくるのだ。そしてそれは、そんなに悪いことではないのかも。と最近思うのだ。

冬が長い北日本である山形にとって、春の訪れは心待ちにしていた季節でもある。
重い雪をよいしょよいしょと持ち上げるようにひょっこりと顔を出す黄緑色の蕾・・・
ふきのとうに始まり、次々と山の命が息吹き始める。生き生きと山笑う絶好の季節となり、森の恵みとして私たちの目と舌を楽しませてくれるのだ。

雪が多く、肥えた森林腐植土で覆われた山で囲まれている山形県の山菜は、やわらかく、おいしい。
日本一いや、世界一の味として評価されている。一見すればただの草。こんなどこにでもあるような雑草をどうしてこう喜び勇んで私たちは食すのか。何がそんなに美味しいのか。
幼い頃は、食卓に並ぶ「緑の雑草」たちになんの魅力も感じなかったが、今では自信を持って「山形の山菜はうまい!」と言える。

私たち日本人が山菜や野草を食べる習慣は、縄文時代から続いていると言われている。
特に山村や農村の生活には欠かせない食材で、その種類も280以上だそう。
さらに食材としてだけではなく、乾燥や塩蔵などの保存方法が工夫され、飢餓や非常時の食料としても利用されてきたというから、その恩恵の歴史は古く、日本の風土が生んだ日本の文化を支える貴重な存在といえるだろう。

また、特に春の山菜には独特の苦味がある。ふきのとうもそうだが、その香りとはうらはらに一口食すとほろ苦い大人の味がする。子どものころはその苦味がどうしてもダメで、「なんでそんな苦い草なんかを・・・」をと、食べる大人を不思議に思っていた。

しかしこれもまた今なら自信を持って「その苦味が春を感じさせてくれるのだよ」と言える。
実はこの苦味やえぐみが、カラダにもとてもいいのだ。山菜を食べることで、天然の苦味や辛味が冬の間に縮こまっていたカラダに刺激を与え、活動的にしてくれるというのだ。

「春の料理には苦味を盛れ」ということわざもあるほどだ。この苦味成分は、新陳代謝を促進させる抗酸化作用の働きがあるということで、今美容業界でも注目されている。
さらに山菜にはビタミンも豊富なものが多く、冬場に葉野菜が少なくなるため、春に山菜を食べることで、ビタミンを補給できるという効果もあるらしい。

いちばん頻度の高い山菜料理のひとつが、天ぷら。「タラの芽」も「こしあぶら」も「こごみ」も「うど」も、カラっと油で揚げることで、その苦味も幾分抜け山菜本来の香りと味を楽しむことが出来る。

いつもは大皿に様々な山菜の天ぷらが盛られるのが伊藤家の食卓なのだが、今年はシベールのガーリックラスクの力も借りた。
惜しまれつつ販売終了となっていたガーリックラスクがこのたび復活。しかも隠し味にオニオンを加えてさらに美味しくなっていた。

 

このまま食べても十分であるが、今回はこのラスクに「こしあぶら」の天ぷらをトッピングして、オリーブオイルをかけて食卓に出してみた。いつもと違う趣きのある「こしあぶら」の佇まいに、家族もちょっとびっくりしていたが、コレがまた合うのだ。ビールにもワインにもオススメだ。

黒こしょうをちょっとトッピングすると大人の味としても楽しめる。こんな風に食卓に上ったら、きっと「ただの草」なんて概念は子どもの頃植えつけられなかっただろうに・・・。

いずれにしても春に山菜を食べる。というのは先人から学んできた「生きるための知恵」だったのだ。
旬なものを旬な時季に食べるというのは、実は一番贅沢なごちそうなのかもしれない。
それも自然がもたらしてくれた産物。その産物を暮らしに上手く取り入れ受け入れてきたことで、私たち日本人の心が育まれてきたし、ステキな生活と豊かな人生をもたらす栄養分となってきたということを忘れてはならない。

そして今朝もいそいそと父は山菜採りに出かけていった。。