裏山に贅沢な日常がはじまる山形の5月

 森に囲まれた里山ソムリエな日々
里山でラスクを頂きながらあんなこと、こんなことおしゃべりする、そんな時間が届きますように。

山形の山菜とラスク

 

 裏山の山菜と山の師匠たちが届けてくれる深山の山菜、贅沢な日常がはじまる5月です。食養生に「春は苦味、夏は酸味、秋は辛味、冬は脂味」という言葉がありますが、山菜は、まさに春の苦味。冬眠から覚めた動物たちも、まずは、春の苦味を口にして、一年を元気に乗り切る体を作ります。日本人が経験的に取り入れてきた食習慣、春の山菜には、デトックス効果があるのでしょう。

 「きどい」という方言が山形にあります。これは、「渋い」と「苦い」どちらでも表現しきれない、山菜の味を表現する言葉です。里山に暮らして1年目は、山菜の「きどさ」(渋さ、苦さ)を感じましたが、次第に、春にはこの「きどさ」を頂かないとすっきりしない身体になりました(笑)。生きるということは、きっと、その土地の恵みを頂き、恩返しをしていくことなのですね。

 自然は、人の手が、いい塩梅に入ることで、植生が保たれています。暮らす分だけ山から頂き、あとは来年のために残してくる山菜とりのマナー、そしてお裾わけのマナーを地元の方々に感じます。春のさわやかさは、自然からも暮らす人からもいただく5月です。

 さて、ロイヤルコペンハーゲンの器に、大切な春の苦味を少しずつ並べてみました。ウコギの新芽、ヤマニンジン(シャク)、ドホナ(イヌドウナ)、ウルイ(オオバギボウシ)、カンゾウ(ノカンゾウ)、さっと熱湯で湯がいて頂けるものばかりです。冬の間に雪の中で貯めていた自然のエネルギーを、ありがたく頂きます。

 山菜プレートにラスクを添えて、山菜に合うソースや、盛り付け方などの楽しいおしゃべり、ご一緒したいですね。

まるでプライベートな登山道 イラストJ.Kikuchi

 

 山形での暮らしは、四季折々に山との関わりがたくさんあります。山形に暮らし、雪形という言葉を知りました。雪形には、二つの種類があります。ひとつは、雪がとけた黒い部分が何かの形に見えるもの、もう一つは、雪の残った白い部分が何かの形に見えるもの。雪形を、田おこしや種まきの目安にする地域もあります。田んぼに水が張られる頃、この辺りでもいろんな雪形が姿を表します。

 この時期、白馬の騎士の雪形を見ると、旅立った母を思い出します。まだ、山形に引っ越して間もない頃、東京で入院していた母が余命宣告をされ退院しました。東京の病院の先生の承諾を得て、山形の地元の先生にお願いし、何かあった時の受け入れ態勢を整え、山形でいっしょに暮らせたのはありがたいことでした。

その時、残雪の雪形が白馬に乗った騎士に見えることを、看護師さんに教えてもらい、母はとても喜んでいました。春の山を歩き、ご近所の方から山菜を頂き、母にとっては非日常な日常が寿命を延ばしてくれました。

 山を眺めて暮らす日々は、東京で育った私にとっては、原風景ではないはずなのに、どこかなつかしく感じるのは、1年間山形で一緒に暮らした母や、ここで成長した子ども、そして何より地元の方のおかげかもしれません。

 山を見て育った娘とのおっちょこちょいな会話を思い出しては吹き出します。初めてのスキーに行く日、娘は、山を見て、「ぽとんとおちないのかな?」と心配したこと。
緑が豊かにふさふさしてくる山々に「山がお家の近くにどんどん近づいてる!」と叫んだこと。

 東北では春や夏に成人式が行われます。小さな頃の思い出話をラスクと一緒に。