あの時、どんな気持ちだっただろう

「おもひでぽろぽろ」というアニメ作品をご存知だろうか。山形が舞台になったスタジオジブリの作品だ。

東京でOL生活をしていた女性が休暇で訪れた山形で、地元の人との触れ合いや交流を通して幼い頃の自分を思い出し、自分の人生や生き方を見つめ直す。という物語。

1991年公開の映画なので、もう26年前の作品になる。設定は1981年だが、当時とほとんどかわらない風景が今も残るのが、主人公が滞在した紅花畑だ。

 

山形は今紅花が見頃を迎えている。その昔、女性の唇や衣装を染め上げるのに用いられた紅花。
原産地はエチオピアとも言われ、エジプトからシルクロードをたどって6世紀頃に日本に伝来したといわれている。

山形県では15世紀半ばから栽培が始まったとされているが、江戸初期には質・量とも日本一の紅花産地として栄え、最盛期には全国の50%~60%を山形産が占められたそう。
最上川沿いの肥えた土地と、朝霧の立ちやすい気候が、トゲのある紅花を摘みやすくしたという。

「まゆはきを 俤にして 紅の花」の句を詠んだのは俳人松尾芭蕉。奥の細道の旅の途中、この地を訪れた時に詠んだものだ。

しかしその後明治時代になると、中国産の紅花が盛んに輸入されたこと、化学染料が普及したこともあり、山形県の紅花生産は大きな打撃を受け、明治初期は最盛期の半分、明治10年頃にはほとんど壊滅したといわれている。

ところが、戦後偶然にある農家の納屋から昔の種子が見つかり、それが発芽したことから、地元の方たちの手で山形の紅花栽培が復興されたのだ。

その後は脈々と受け継がれ、現在はかつての生産地で紅花の美しい花を愛でることができる。しかも愛でるだけでなく、紅花は多種多様な方法で昔から活用されてきた。

種子からは紅花オイル、またベニバナ色素が肌の活性化に優れた効果を見せることから、唇に塗れば荒れを防いで血行を良くし、紅花で染めた布を肌につけると体が温まるなど、昔から女性の味方であったのだ。

特に紅花で染めた後の色合いはなんとも美しい。しかも染める色素・そして染める回数によって、その色も変化し、何通りも表現できる美しい色あいなのだ。

今でもこの紅花染め体験ができるところがある。
染めたハンカチやてぬぐいはそのまま持ち帰ることもできるので、ぜひ、山形の旅の思い出に古の文化を体験してほしい。

紅花は今が最盛期。かつて産地として栄えた白鷹町・河北町、そして先の芭蕉が詠んだ句碑がある天童市、「おもひでぽろぽろ」の舞台となった山形市高瀬地区では「紅花まつり」が開催中だ。

先日天童の「紅花まつり」の会場へ行ってきた。広大な傾斜地にポンポンとかわいらしくも、お天道様のようなパワーも感じられるオレンジの花を咲かせていた。

紅花というとトゲがあるものというイメージだったが、最近はトゲなしのもの。花が白い紅花もあるという。

切花としてそのまま飾っておくのもよし。乾燥させてドライフラワーにしても趣きがあり
いつまでも紅花を楽しむことができる。また、花びらを採取り、乾燥させれば、料理にも使うことができる。

ご飯に混ぜれば紅花ごはん。大根の甘酢漬けと一緒に漬け込めば、きれいな黄色の色がつく。
ちなみに天童の紅花まつり会場近くの蕎麦屋では、この時期だけすべてのメニューに
紅花若葉の天ぷらがつくそうな。

山形の味と文化を楽しむいい季節になってきた。実は今回初めて山形の県花である紅花の産地に赴いたのだが、都会では味わえない歴史や文化を身近なところで体験・体感できる贅沢さを実感した。

 

 

そして早速遠く離れた知人や友人に、山形の懐かしさと温かさを感じてもらえればと、シベールの夏ギフトとともに紅花の切花を贈った。

いつのどんな時代を思い出すだろう。いつの時代の自分と出会うだろう。
きっと「おもひでぽろぽろ」の主人公・タエコもそんな特別な日常に惹かれて山形への移住を決意したのかもしれない。