紫陽草や 帷子時の 薄浅黄

紫陽花を詠んだ松尾芭蕉の一句。梅雨の頃に育つ花はあまり多くない中、紫をはじめとして青、白、赤など様々な色の花を鮮やかに咲かせる紫陽花は印象的だ。

この一句も自分の着ている浴衣も帷子(かたびら)のうすい青と紫陽花の色が似ている。
紫陽花が色をだんだん濃くしていくのに自分の着ているものは、夏に向かって白っぽくなっていく。

ほんのいっときの出会いのような時間だ。と詠っている。
花の色が日々変化していくのも、雨に洗われて色が落ちるようにも思えて趣きがあるのが紫陽花だ。

全国には多くの紫陽花名所があるが、ここ山形にも多くの花を咲かせる紫陽花を愛でることができるスポットがある。そのひとつが山形市村木沢にある出塩文殊堂。

ここは最上家の祖にあたる斯波兼頼が移して建立した歴史のある古い寺だ。
ふもとから515メートルにも及ぶ参道沿いには2万5千株もの紫陽花が植えられており、紫陽花寺として来る人の目を楽しませている。

私が訪れた時は今にも雨が降りそうなどんよりとした曇り空。しかしそんな鉛色の空にも紫や青といった手まりのような紫陽花がその場所を美しく彩っていた。

なんとなく見ている紫陽花だが、その花には「ガクアジサイ」と「ホンアジサイ」の二つのタイプがある。
少し平べったく周りに花びらのある大きな花がちらほらと一重ぐらい取り巻いて、真ん中に円形につぶつぶした小さな花が集まって咲いているのが「ガクアジサイ」。

一方、花が手まりのように集まったぽってりとしたものが、私たちが一般的によく目にする「ホンアジサイ」で、実は日本固有のガクアジサイがヨーロッパで品種改良され、ホンアジサイになったものだ。

ん?日本固有??そう、紫陽花は日本が原産地ということをあまり知らない人が多いかもしれない。
日本から中国にわたり、シルクロードを渡ってヨーロッパへ伝わっていった。万葉の時代からすでに紫陽花はあったが、実は日本では1000年以上あまり人気のなかった花だったようだ。

青い花色のせいだろうか、江戸時代には「ユウレイバナ」と呼ばれてまったく見向きもされなかったそう。
それがヨーロッパへ渡り品種改良された後日本へ輸入されると、戦後鎌倉の「明月院」の庭に植えられたのが始まりで人気が出てきたという説もある。

時間とともに変化していく紫陽花は、その時にしか感じられない色彩感覚だ。
それはまさに、芭蕉の言うほんの一時の楽しみ。人と人の関係もまたしかりかもしれない。

今日出会った人と明日必ず会えるとは限らないし、逆を言えば、今日出会った人が生涯大切な人になり得ることもある。
紫陽花のようにみずみずしく艶やかで涼しげなシベールの夏のお菓子「じゅれ」を並べて、この美味しさと出会えたこともまた一期一会なのね。と感じた梅雨明け間近の蒸し暑い山形の朝だった。