舶来品の陶器の燭台、そして姥百合と小さな緑のカエル

 森に囲まれた里山ソムリエな日々
里山でラスクを頂きながらあんなこと、こんなことおしゃべりする、そんな時間が届きますように。

想い出の海外のお土産とラスク

 

 東京で過ごした高校時代、通学は目黒駅と蒲田駅を結ぶ目蒲線を利用していました。目蒲線は、東京の大田区、世田谷区、品川区、目黒区にある駅を通過していきます。
現在は、目蒲線はなくなり、蒲田駅から多摩川駅までが多摩川線、多摩川駅から目黒駅までが目黒線となっています。高校時代は、多くの高校生と同じように、夢と現実の狭間にありながら、いろんな寄り道をしながら高校へ通っていました。

 田園調布の駅の近くに老夫婦が営んでいるお店がありました。世界中から集めたお土産のような小ものが並んでいて、それを眺めるのが楽しくて、時々途中下車をして寄り道をしていました。海外の品物を舶来品とその老夫婦が呼んでいたことに時代を感じます。

 その隣の奥沢駅にも、よく、寄り道をしていました。図書館のある駅前のビル、その入り口で今川焼きを売っているお兄さんとよくおしゃべりをしていました。それから、図書館で勉強するはずが、いろんな本を読んで、レコードを借りて家に帰る、ちっとも勉強は優等生でないけれど、夢だけはいっぱいの高校生でした。

 それからしばらくして、国際線の乗務員として仕事を始めると、月の20日間は国外にいるような暮らしが始まりました。ある時、南回りのフライトでギリシアを訪れた時、あの高校生の頃、田園調布のお店で老夫婦が売っていたのと同じ陶器の燭台に出会いました。思わず、懐かしくなって、手を伸ばしたのがこの写真の人形型のものです。

 夏の日の夕暮れ、カナカナカナ、、、とヒグラシの合唱を聴いていると、時を超えた散歩に出かけていたようです。サクッと、ラスクを食べ、気づくと、ギリシアから山形に戻ってきました。

ウバユリに乗ったカエル イラストJ. Kikuchi

 

 夏の森に出かけると、不思議なユリに出会いました。花は確かにユリですが、葉がないのです。背が高くすらっと伸びた茎から四方に向かって大きな花を咲かせている姿は、森の中でもひときわ目立ちます。その名はウバユリ、花を咲かせる頃に葉がないのを、歯がないという文字をあて、姥百合という名がついたそうです。

 そんな姥百合に小さな緑のカエルが乗っていました。近づいてもビクともせずに、滑り台のような花弁にしっかりと停まっています。目が合ったと思ったら、舌を出し、まるでからかわれているような気がしました。白い百合と緑のカエルのコントラストが美しく、ずっと記憶に残っています。

 姥百合は、秋に実をつけ、雪の降る前にタネを弾かせて、それでも凛とドライフラワーとなって立っています。家で飼っていたヤギたちは、このドライフラワーが大好きで、ドライフラワーになった姥百合に飛びかかってきました。鱗茎(根、球根などと呼んでいる部分)には、人間にとっても良い薬用成分が含まれているようです。

 一回繁殖型の姥百合は、一度花を咲かせ種子をつけると、枯れて行く運命にあります。飛んだタネが花を咲かせるまでには、8年ほどの歳月がかかるそうです。そのことを知ると、姥百合の花たちが一層愛おしく感じます。

 夕暮れ時に山形の草原やちょっとした森に姥百合に会いにいらしたら、きっとヒグラシの合唱も一緒に迎えてくれますよ。帰りの新幹線では、ラスクのお土産をどうぞ。