湯の里に紡ぐ灯り

初めてその光景を見たとき、その幽玄な世界に心奪われた。

「ひじおりの灯」。小さな宿が肩を寄せ合うように立ち並ぶ温泉街で、2007年から行われている夏のアートイベントだ。
日が落ちて各旅館や商店の軒先に吊るされた灯籠に明かりが灯ると、温泉街全体がノスタルジックな雰囲気に包まれる。

信仰の山、出羽三山の主峰・月山の麓に、風情あるたたずまいの旅館が軒を連ねる静かな温泉郷・肘折。

その歴史は古く2007年には開湯1200年を迎えた。「肘折」という名前の由来には、肘を折った老僧が、この地のお湯に浸かったところたちまち傷が癒えたという説をはじめ、諸説が縁起として語り継がれている。

周囲を山々に囲まれた「肘折カルデラ」と呼ばれる窪地にある隠れ里のような温泉郷には、20件ほどの宿があり、大きな旅館もあるが、ほとんどが自炊施設を備えた風光明媚な湯治宿。
人と人との触れ合いが色濃く残るゆっくり、ほっこりとした時間が流れる場所だ。

「ひじおりの灯」は、そんな肘折温泉と、山形市の東北芸術工科大学が共同で開催するアートプロジェクトだ。主役は、旅館や商店の軒先に展示された灯籠絵たち。

開湯1200年を迎えた2007年にスタートし、今年で11回目。40基以上の灯籠が、夜の温泉街を幻想的に彩っている。作品はそれぞれが全く趣きが異なり、繊細かつダイナミック、そして古きよき人々の暮らしや文化、風景が描き出されている。

灯籠絵の制作は、毎年雪解けの頃から始まる。東北芸術工科大学の学生や卒業生を中心とする作家たちが、温泉街に数日間滞在し、肘折の歴史や自然に触れ、地元に暮らす人に話しを聞きながら灯籠絵に描くストーリーを膨らませていくという。

伝統の肘折こけしや地域に伝わるお祭りや伝説、温泉街を流れる川や森にいる神の存在を表現していたりと、若手作家ならではの視点で肘折の魅力が多彩に引き出されているのだ。また、灯籠絵には、地元の月山和紙が使われている。

優しい色合いと肌触りの和紙に色鮮やかな絵が入った後は、庄内町にある建具屋と表具屋の手にわたり、八角形の灯籠絵に仕立てられる。

作品の一つひとつには、作家のプロフィールはもちろん、その作品の解説も添えられている。
「肘折に滞在した時間は、わたしにとってとても濃密なもので一生忘れられない出来事になる。」
「地元の方たちの温かいもてなしに必ずまた肘折に来ようと決めた」など、制作活動とは言え、ここで過ごした数日間が人間として表現者として大きな転機になったようなコメントを見ると、この作品にたくさんの物語が詰まっていることを感じられる。

そんな視点で作品を楽しんでみるのもオススメだ。

ひじおりの灯を通して、人と人、地域と人をつなぎ未来を紡いでいく。作家と地域の人々、そしてそこを訪れる人の心と時間をつなぐたくさんの絵物語がここにあると感じた。

モノにはたくさんの思いがあってカタチになる。美味しいものを作りたい。
山形を代表するお菓子を作り山形を発信したい。ふるさとをいつまでも愛し続けたい。
そしてそんな地元に寄り添っていたい。シベールのラスクを手に取るとラスクに携わるすべての人の思いと物語を感じるのだ。そしてその物語は未来へ紡ぎ続けている。

次回はラスクを持って、湯っくりと湯治場で過ごすのもいいかもしれない。